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長州 萩へ!

  • 2008/11/09(日) 17:04:12

長年御世話になっている  エーヴイ開発研究所の研修旅行で 萩に行ってきました。

念願の 長州 萩 。  半日で、行きたかったところを駆け巡ります。

まずは、吉田松陰先生の 松下村塾 がある 松陰神社 へ。
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この小さい部屋で、青年たちが詰め合い、松陰先生の話を真剣なまなざしで聞いている光景が眼に浮かびます。

同じ境内のなかにある、吉田松陰歴史館へ。
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おっと、おられました吉田松陰先生。 
(地元の人たちは皆、「吉田松陰」ではなく 「吉田松陰先生」と必ず呼んでいるのも素晴らしい。)

続いて城下町に行き、 木戸孝允宅へ。
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家の中にも入れます。  医者の息子だけに、気品のある顔。

次に、 高杉晋作宅へ。
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家の中には入れず、庭から見るだけ。 地元の人に聞くと、とんでもない暴れん坊だったみたいですね。

近くにある、円政寺 へ。 伊藤博文が、9歳から11歳まで預けられた寺。
また、高杉晋作達が子供の時の遊び場でもありました。
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寺の中に金毘羅社があり、大きな天狗の面が飾ってあります。
幼い高杉晋作は、おんぶで連れて来られて この面を見てられては泣き、度胸をつけさせられたとの事。

上級武士達が通っていた、 明倫館(藩校)の跡地へ。
水練で使われたため池(プール)が、まだ残っています。
当時、このような施設を作っていたのは、ここと会津藩の ニ校だけとか。
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現在、明倫小学校となっていますが、 それもかなり味のある建物。 ↑

役所の前では、 萩時代祭りが開催されており、 地元の人で大賑わい。
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さて、昼食に東萩の 「いすず」さんで うに丼を。
もちろん、 うーまーいー!
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めちゃくちゃ明るい名物お母さんがいる、 楽しいお店でした。

しかし、この小さい地域から このような多くの逸材が出たことは、
吉田松陰の 革新的考え ・ 何よりも実行 ・ 何よりも教育 からでしょう。
「必ず変えることが出来る。」という夢に共感した青年達の力が、本当に日本を変えてしまった。

その場所・その空気・その景色 を見れて本当に良かったです。

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この記事に対するコメント

20年以上前に松陰神社に行きました。(ほとんど忘れてしまいましたが。)
それ以外にも色々な場所があったんですね。

ゆっくりと、訪ねてみたい城下町ですね。

  • 投稿者: F.R
  • 2008/11/10(月) 09:55:47
  • [編集]

F.Rさま>

結構、遠くて驚きでしたが 戦争の被害もなかったようで
昔のままの、光景が残った 本当に良い町でした。

観光的には、一日で回れる範囲ですし 道が狭いので、 
一番のオススメはレンタルサイクルですね!

  • 投稿者: YOPPY
  • 2008/11/10(月) 19:02:29
  • [編集]

YOPPYさんこんばんは、初めての投稿です。

私も萩は大好きです。
城下町そのままに残ったいいところですね!
ここ萩は幕末の志士の息吹が感じられる数少ない所やと思います。

確か吉田松陰が投獄されていた時、親に心配かけないようにと送った手紙の返事中で、親というものは、子が親を想う以上に子供の事を想っている。
そのことを感じて呼んだ句「親想う心にまさる親心」と、確か碑に刻まれていたと記憶しています。
間違ってたらゴメンナサイ。

またこの松下村塾の名前の由来ですが、元々この町は松本村と言ってたらしく、
その松本村の下(もと)に作った塾という意味らしいです…

それにしてもYOPPYさんが好きなところと聞き嬉しくなりました!!
理屈なしにいいところですね!!

  • 投稿者: タカバタケ
  • 2008/11/15(土) 00:19:43
  • [編集]

タカバタケさま>

コメントありがとうございます。
吉田松陰が、最後に家族に宛てた別れの手紙。 辞世の句です。

「親思ふ こころにまさる 親ごころ 今日の音づれ 何ときくらん」
(子が親を想う以上に、親は子のことを想っている。今日、私が処刑されたと聞いて、親は何と思うだろうか...。)


すべてにおいて行動派の吉田松陰でしたが、最後に親への侘び・感謝の気持ちが伝わってきますね。
子供を持たない、30歳の人が このように人の気持ちを理解しているところが、すごいですね。

  • 投稿者: YOPPY
  • 2008/11/15(土) 17:32:27
  • [編集]

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